モーター・セオリーとミラー・ニューロン

モーター・セオリーとは人間が音声を認識する際には、音声を発声する際の筋肉(モーター)への指令を参照しているという考え方で、米国Haskins研究所のLiebermanらによって提唱されました。英語の聞き取りで最近の認知科学において人間の言葉の認知能力で身体性の記憶が重要という考えがあります。音声の認識において、相手の発音を自分が出す場合にどの筋肉を動かすかを覚えておりその記憶をベースに認識しているという考えです。発音できれば聞き取れる、が根拠になっている理論です

この学説によると英語を聞く時は耳から入った言葉の音をインターナルボイスと比較やマッチングさせて、既に脳で作ったことのある音とそうでない音を区別して言語の音を認識していると言うのです。これによると、耳から入った音は、音声信号に一端変換され、まず左側頭葉のウェルニッケ野という場所に送られます。しかし、その音が言語の音なのか、それともそれ以外の雑音なのかは、このウェルニッケ野単独では判断できません。そこで、耳から送られた信号音は、そのまま脳の運動前野に送られます。

ここで、耳からの音声信号の問い合わせをします。もし、過去に作ったことがあれば、それは言語音として認識され、作ったことがなければ、雑音としてのウェルニッケ野に送られ処理されます。言語音として認められた音は、再び左側頭葉にある、ウェルニッケ野に送られ、始めて意味を検索するというものです。このようにこの理論では発音をコントロールする筋肉の動きから、言語として判断できる言というのです。

この理論はミラーニューロン(物真似ニューロン)の発見により急に脚光を浴びました。1996年に実際にサルの脳の前頭葉に電極を刺し込んで調べその存在が確認されました。サルがある運動をしている時、その同じ運動をしているのを見ていた時とで、脳の同じ部分が活性化していると実証されました。このように猿に生物学的なミラー・ニューロンが認められたため、人間にも同じような機能を果たす部分があるのでは無いかと研究されました。そして人間にもそれに近いような機能を果たす脳の領域があったためにその領域を含む脳のシステムをミラーシステムと名付けられました。

しかし人間の場合は他人の行動を自分の行動のように感じ、他人と同じ状態に自分を置くことで、他人の感情を理解できる能力です。この考え方が拡大解釈されモーター・セオリーは単なる架空のものでなく、生物学的なベースもあるかも知れないと言う認識がされたのです。しかしこのようなニューロンはヒトの脳では発見されてはいませんし、実際に現物を特定した猿のミラー・ニューロンとは意味合いが違います。しかしミラー・ニューロンのように相手の筋肉の動きが理解できると言うのとはまったく違います。現在では人間はサルのミラー・ニューロンを退化させ言語能力を高めたと考える方が自然だと思います。

ミラー・ニューロンが記録されたサルのF5は、ヒトの運動性言語野(ブローカ野)に相当する位置にあることから、ヒトの言語機能との関係がいろいろ議論されています。可能な解釈のひとつは、ミラー・ニューロンは、相手の脳が行っている運動制御の内的な状態を推定し、自分の運動の表象を使ってリハーサルする役割を持っているというものです。これは模倣にもつながる機能です。模倣は乳幼児が言葉を覚えるときの初歩であることから、ミラー・ニューロンは非言語コミュニケーションの基盤にもなると見られています。しかし、これらの考察はあくまでもサルのデータからの推論の結果であり、ヒトの言語機能で同様のニューロン活動が機能しているという証拠は今のところありません。

脳科学者の茂木氏も人間ではミラーシステムが働くと、誰かが楽しくなると回りの人が楽しくなることがあると言っています。特に人間のミラーシステムの重要なのは、それが他者と私の心の状態を関連付けるリンクの役割を果たしている事です。また心理学でも言語として言葉が思うように話せない子供が親とコミュニケーションを取るために多くの情報を発信していると考えられています。親は子供と多く接することにより、子供が発信している言葉以外の情報を理解できるようになるとも言われているため、自閉症と人間のミラーシステムとの関係が研究されています。

音声認識におけるモーター・セオリーは、人間の言葉がこの猿のミラー・ニューロンの働きから発達したのかも知れないと言う仮説にもなり、認知学界においてまったく根拠が無いと相手にされない学説ではありません。しかしNTTコミュニケーション科学基礎研究所、人間情報研究部、感覚運動研究グループの柏野牧夫氏は2000年の「日経サイエンス」で「音声を認識する時にも運動指令の部分が働いている」と書いた人ですが、2004年のNetScience Interview Mailでは「モーター・セオリーの人というのはずっと面白いとは思われていても、結局直接的な証拠がないままにきている。」と述べています。現状では面白い仮説と言う程度です。

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