プロト言語から相対音感の近代言語へ

現代の言葉は非常に長い間、多分今から10万年くらい前までは全体語的なプロト言語だったとおもわれます。人類は言葉の共通要素の単位である分節化によって全体的フレーズから始まった構成的発話が単にプロト言語がコミュニケーション体系を補うものとして始まったと思われます。プロト言語から構成言語への移行は何十年もかかり、全体的発話は単語や文法規則に沿った新しい発話構造を取り入れる文化基盤となりました。さらに初期の単語群は話者にとってコミュニケーションの手段というより、始めは思考や計画を容易にする手段としての意義が主だったにもかかわらず、コミュニケーションはその後もプロト言語体系に頼っていた可能性があります。

現代に使われている構成言語はまずプロト言語の補足となり、やがて情報伝達の効率の良さからコミュニケーションの主流となりました。構成言語があればプロト言語で話せる内容とは対照的に無数の事柄について話す事ができるようになりました。分節化の過程が始まれば文法規則が急速に発達して、プロト言語をから引き継がれたものに増築する形で発達したものと思われます。つまり、分節化によりプロト言語から構成的言語が生まれ、それが人類の思考の性質を変化させ、私たちの種を全世界に拡散させるに至り、200万年以上前に始まった人類祖先がやってきた狩猟と採集の生活を終了させる程のインパクトを持っていました。そして1万年前に最終氷河期が終わるとほぼ同時に世界の複数の場所で農業が始まりました。そして都市が生まれ、文明も生まれたのです。

まだ言語の文字が発明されていない時点では、アクセントと語尾発音の明確さのみが、伝達の正確さを保証するものだったから、その体系は急速に複雑さを増していきました。音だけで認識していたために、非常に微妙な音を巧みに使い分けていたのです。古い言葉は文字と言う制約がないために、かえって音の特性を多様に駆使したものであったと思われます。

人間の文化において文字が発明され、音声を一定の方式で書き留めるようになると、音は段々と制約されて、整理されていきました。日本では平安時代に漢字から仮名が作られ、日本語の音声と文字の対応に関して整合性が図られました。だが一般庶民はほとんどが文盲であったため、ダイナミックな言語の変遷はほとんど音声言語のレベルで起こっていました。一方上流階級や宗教、法律関係の言語は文字の発明とともに変化の歩みを止め、いわゆる俗語との距離はますます離れていきました。

そのために、文字の普及が進んだ国では皮肉にも、書き言葉と話し言葉のへだたりが年々広がり、すでに発音しなくなってしまった音をいまだに書いていたり、読み方が変化してしまったりするので、適当な時期をおいて文字を現在話されている言葉に再調整し直す必要となりました。英語も話し言葉や手書き時代の昔の人はあまりスペルを気にしなかったのです。しかし印刷できる時代になるとドイツ人やオランダ人の印刷工が活字を拾う際に勝手にスペルを変えて印刷した事もあったようです。

このような言語の歴史は現在の人にもいくつか見ることができます。代人の母親の乳幼児への最初の呼びかけはかなりプロト言語に近いもので、特に最初の段階では単に音響的に興味深い音の連なりになっています。人間の赤ん坊は生後8ヶ月から1年後がシナップスの数としては最大で最もポテンシャルの多い時期ですから、絶対音感の脱学習をして相対音感を学習するような事をやっているのかも知れません。

これらの乳幼児語は世界のどこでも文化や言語に関わらず同じようなものであると思われます。赤ん坊が1、2才になると連続音を文節化して構成言語の語彙目録や文法を獲得始めるとプロト言語との類似点は減り始めます。これはプロト言語が音楽と言語の別個の体系に分化させ、進化させた過程を再現しています。現代の赤ん坊にとっては絶対音感への性向から相対音感への性向に変わる時期でもあります。

プロト言語の現代言語への最も重要な影響は可能な限り全体的な発話を使おうとする性向だと思います。全体的発話とは一般に定型表現でコミュニケーションが行われる事が多いのです。言語の創造力は単語とか文法の構成要素からなるのですが、現実な会話で使われている発話では良く使われる文章とかフレーズが運用単位として良く使われているのです。

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