英語発音教育と調音音声学の限界

発音を良くするためには音声学というものがあります。音声学とは本来は言葉を音にして、その音を気体や固体を使い伝え、それを音としてとらえ、その音を言葉と認知するための総合的な学問です。一般的には人間の器官を使って行いますがそれを人工的にすることも可能で、これらの分野が最近急速に発達しています。医学、物理学、心理学等までの広い範囲をカバーする非常に難解な学問です。しかし現在では音声をどう分類するとかその音をどう作るべきかを記述する調音音声学が大きく発達してしまいました。

調音音声学の最大の問題は音声には音素が線状に存在するとの前提にしている事です。何が問題かと言えば音声の実体を捉えないまま、分析や分類をしていることです。音声をどこまでも分解しても音素を取り出す事ができません。音声には音素が線状に並んでいないと考える方が納得はいきます。

音声学の牧野武彦氏は、次のように言っています。「音素表記が、未知言語を記述する上でどうしても通らなければならない出発点だということです。たとえ暫定的にでも音素を認定しないと、分析は先に進みません。恐らく、音素表記にこだわっていては、現実の音声における音変化などを捉え損なってしまうということがいいたいのだろうと思います。しかし、日本の英語学習者の場合、音素という出発点にすら到達していない人がほとんどなのです。まずは音素を押さえることが重要です。そして、音素を基にした発話が robotic であると言われたようですが、それのどこに問題があるのでしょうか?いずれにせよ日本語訛りは残るのですし、メッセージが伝わっている以上、ロボット的に聞こえても何ら問題はないのではないでしょうか。」

この牧野氏の発言は大変明快です。しかし、牧野氏が上記を正気で言うなら発音の教育としては不適格です。英語の発音を学ぶ場合にロボット的に聞こえる発音で十分なら誰にも教えてもらわなくても、辞書にある説明で十分です。しかも、音素表記が、未知言語を記述する上でどうしても通らなければならない出発点だとは間違った表現です。それは音声は音素が線状に並んでいると言う前提が必要になります。しかし、音声は音素が線状に並んでない可能性は極めて高いのです。牧野氏の発音がどうしてもロボット的に聞こえてしまうのであれば、発音の方法が正しくない判断しなくてはなりません。

牧野氏は音声学を次のようにも言っています。「そもそも、音声学は音声を記述するための枠組みを提供する学問であって、発音矯正やら発音教育などは、確かに起源的にはそちらが先ではありますが、プロパーではありません。」

この発言の中に現在の調音音声学の大きな問題が存在します。音声学は元来発音を良くするためにインドで始まったものが起源のようです。初期の音声学は音声を記述するだけが目的ではなく、発音を良くするための要素で現在の音響音声学や聴覚音声学も含まれていたようです。しかし現在の音声学は調音音声学のみが発達してしまいました。

音の記述はどうしてもある時点に音を止めた状態の説明になってしまいます。ある程度の動きは説明できてもどうしても発音の静止画的な説明になってしまいます。しかし、相対音感の現代言語において、音声は連続的な音のストリームであり音と次の音のつなぎ目が非常に重要になります。調音方法に従って発音すると音の連携がまずくなり、ロボット的に聞こえるのはこのためです。牧野武彦氏が音素は未知言語を記述する上でどうしても通らなければならない出発点だと言いますが、調音音声学が良い発音にする事を目的をしていないのであれば、発音が良くならないのは音声学のそのものの限界だと思います。

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